++ 本日のテーマ ++
~「三配り」~
7月に入り、徐々にイベントやスポーツなどが再開されてきました。
気を付けるべきところは必要ではありますが、必要以上に縛ってしまうとストレスのほうが上回ってしまうこともありますので、
〈正しく恐れる〉
だとつくづく感じます。
先日荒川の土手を散歩していたところ、たまたまリトルリーグの少年たちが試合をやっているのを見ました。
ここ数ヶ月何度も通っていたところなのに初めて人が集まっていることに気づき、ずっとこの少年たちは我慢していたのかなぁ、とふと考えてしまいました。

青春時代に限らずではありますが、あっという間に"そのとき"は過ぎ去ってしまいますので、少年たちの芽をつぶしてしまわないような環境づくりに何かできないだろうかなどと想いを馳せてしまう時間でした。
さて、今回のテーマは「三配り」です。
目配り・気配り・心配り
の3つですね。
今回ふと思い立ち、このテーマにしたのですが、
「三配り」という言葉は恥ずかしながら存じ上げなかったです。
それぞれ似て非なる意味があることはご存じの方は多いかと思いますが、具体的にどう違うのか?
改めて、言葉の定義を確認してみたくなり、テーマに取り上げさせていただきました。
目配り
『注意をゆきとどかせること。目をくばること』
気配り
『あれこれ細かく心を遣うこと。配慮。』
心配り
『気をつかうこと。気づかい。心づかい。配慮。』
(出典:Weblio)
なるほど!よくわからない!
いろいろと調べまわってみた結果、私の解釈としては以下といたしました。
目配り
『周囲に関心を持ち、何かあったときに察知すること。』
気配り
『少し先の未来を推測し、自分の立場ならば望ましいと思うことを先回りすること。』
心配り
『人間力!』
まとめてみたものの、気配りと心配りの違いを表現するのは非常に難しかったので、あえて心配りは『人間力』と表現させていただきました。
感覚的かもしれませんが、
目配り → 感謝
気配り → 共感
心配り → 感動
という違いではないか?とも感じました。

感動してもらえるような「心配り」、どんなことをしたら感動されるのか?
言葉としては同じ「ありがとう」であっても、
いまのはどの"〇配り"だろうか?なんて考えてみると、引き出しが増えるかもしれない。
そんなことを考えてしまいました。
本日の皆さんの「ありがとう」はどちらでしたでしょうか?



