こんな話を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか?

『 この写真を見て...
コップの水は "もう" 半分しかない、と思うか
コップの水は "まだ" 半分もある、と思うか 』
様々なとらえ方があるこのお話でもありますので、ひとつのとらえ方としてご紹介させていただきますと、
前者は比較的悲観的なとらえ方をしたり、過去にフォーカスが向きやすい傾向があったりするタイプ。
後者は比較的楽観的なとらえ方をしたり、未来にフォーカスが向きやすい傾向があったりするタイプ。

また、一方でコップの中の水にフォーカスを向けるのではなく、
コップの中の「空間」に目を向けることで、そこにまだ満たされていない〈可能性〉を見出すという見方もありますね。
さて、今回はこの「コップの水」のとらえ方でこんな捉え方も確かにあるんだな、と思う話がありましたのでご紹介。
以前「いちばん勇敢なコトバ」という記事でご紹介させていただいたこちらの書籍。
改めて目を通していてふと目に留まったのがまさに「コップの水」のお話でした。

『ぼく モグラ キツネ 馬』より一部参照
『 コップがあるってことが、うれしい 』
コップの中にある水でもなく
コップの中の水以外の空間でもなく
コップそのものが"ある"ことに目を向ける
何かがある・ないと感じる時、そこになんらかの "うつわ" がある。
それは「あなた」自身という "うつわ" があるからこそ感じられることなのではないか?
だからこそまずは "うつわ" そのものが"ある"ということを喜ぶこと。
それが大事なんだ、というメッセージなんじゃないか?
と私は感じました。
この絵本のメッセージをご覧になって、
あなたはどのように感じましたでしょうか?




